JACO-BASS » 日記

ひとに寄り添うデザインの追求

共有するという発想

前回の記事で“育てる”という発想について触れましたが、今回はそれと少し関係する話です。

まずはデザイナーとエンジニアの違いという記事をご覧ください。多少古い記事で恐縮ですが、興味深い記事です。

ここでいうエンジニアとはプログラマーやコーダーといった方々のことを指し、デザイナーとはグラフィックデザイナーのことを指すのだと思われます。JACO-BASSで言えば、中村はデザイナーで大竹くんはエンジニアですね。

そして下記のように、デザイナーとエンジニアの違いで最も顕著なのが“共有”という概念の有無だと思います。

デザイナーのポートフォリオサイトってないの?
デザイナー別に実績が一覧できるサイトがあればいいなぁ、と思って聞いてみたのですが「あんまない」とぴしゃり(泣)。これがあるといいと思うのですが・・・。

デザイナーって勉強会やっているの?
エンジニアはよく勉強会やっているので、デザイナーは?と聞いたらこれもあまりないとのこと。

デザイナーには共有という概念が希薄である

これは大竹くんと仕事をするようになって意識するようになったことですが、デザイナーは以外と閉鎖的な環境で仕事をしています。

(特に年配の)デザイナーの中にはwebを毛嫌いするような人もいたりするので、ネットを利用した共有という概念をそもそも持たない人すらいます。

かたやwebデザイナーも含むコーダーやプログラマーといったエンジニアは、webに対する知識や姿勢がそのまま仕事にかえってくるので、webを最大限利用しようとします。当然と言えば当然ですね。

共有が業界を変える

しかしこの違いは、2つの業界が育つスピードの差になって現れているように思います。webにおいては、どうあるべきか、どうしていくべきか?という目的や方向性すらある程度共有されている感があるので、web全体がまとまりを持って発展を続けている印象を受けます。

それに比べてデザインの業界はと言えば、皆がそれぞれ好き勝手にデザインを解釈して好き勝手にデザインをしている状態で、誰かがリーダーシップを取ることもなければ、目的や方向性を共有することもなく、何となくクライアントや消費者のニーズ(あるいは好み?)に合わせて変化しているに過ぎません。

それが悪いことだとは思わないのですが、ほんの少し共有の概念を持ち込むだけで、デザインの世界の底上げも可能になるし、より良いデザイン(業界)の姿も見えてくるのでは…と思います。

それほど大それた事で無くても、勉強会を定期的に開いたり、ブログで技術や知識を公開する程度のもので十分だと思います。それだけで前回の記事で触れたような“不誠実なデザイナー”は随分と減るんじゃないかなぁ。

って言うは易し、行うは難しですね。ぼやくだけじゃなくて、中村もまずは勉強会が開けるくらいの知識と実力をつけねばなりませんね。

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育てるという発想

中村は今年25歳、よく一般に言われる「入社3年でようやく一人前」になるのだとしたら、中村も今年ようやく1人前ということになります。

ユーザーや消費者、クライアントからすれば、例え1人前だろうがなかろうが、デザインを仕事にしている時点でプロとして認識されるのが当たり前なので、“何年目”なんてあってないようなものですが…

しかし、今自分の周りにいる多くのクライアントやパートナーのことを考えると、結果を求めてはいるものの、その仕事を通して“後進を育てよう”という意志を持っていることがよくわかります。

ある人はこう仰います。「今の業界には良いデザイナーが本当に少ない。ロクでもないデザインで法外な報酬を取るデザイナーや、その逆に必要以上に報酬を下げて“安かろう悪かろう”の感覚でデザインをするデザイナーが沢山いる。」

そしてこう続きます。「そういうデザイナーがあふれかえると、そのデザイナーだけでなく、業界やデザインそのものへの信用が失われる。今この業界は実力をもった若い世代をまともな感覚を持ったデザイナーとして育てなければならない。

上のような危機感を持って後進を育てようという意志のある人はどれくらいいるんでしょうね…こういう方が多くいればいる程その業界の未来は明るい気がします。

中村もまだまだ若輩者といえ、僕より若いデザイナーはいくらでもいます。育てるというと横柄かも知れませんが、その発想は常に持っていたいです。それが後進のためだけではなく、業界、ひいては自分自身のためになるのだと思います。

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師と出会う

自分には才能があるのかな?なんてことを考えたことはありますか?中村は考えたことがあります。でも考えたところでわからないし、才能があるかどうか迷うよりも、あると信じて突き進む方が良い結果が生まれることも多いので今では全然考えません。

それに最近では、それを判断するのは自分じゃなく他人であって評価は後からついてくる、ぐらいに気軽に構えています。とは言え、才能がある!と信じ切れているかどうかは甚だ怪しいのですが…

でも、そんな中村もごくたまに「才能がある」と褒めて貰えることもあります。そう言って貰えると嬉しいしすごく励みになります。

しかしそれと同時に思うことがあります。それは「自分に才能があるとしたらそれを伸ばしてくれた人がいる」ということです。

中村は今まで多くの人に励まされながらやってきました。友人や家族をはじめ、ライバルやクライアントの方々がいたからこそ今でも無謀な挑戦を続けることができています。

特に中村が1年勤めた会社の上司の方々には感謝してもしきれません。クライアントに認められるたびに、今こうやって腕1つで闘っていけるのも、あの1年があったからこそだと強く思います。

何と言っても、大学出たての使いものにならないヘボを取りあえずは現場で通用するレベルにまで引き上げてくれたのですから。

勝手に思ってるだけですが、中村にとっての師です。そうだと思える人に出会えたこと、最近は以前にも増して幸福なことだと感じるのです。

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休日の過ごし方

気付いたら終わってましたねゴールデンウィーク。ってもう大分経ってますよね、ネタが古くてすいません。

これまでゴールデンウィークは旅行に行くこともなく、実家に帰ることもほとんどなく、家でノンビリ過ごしてたので、今年もそうなるだろうなぁ…なんて思ってたら全くそんなことありませんでした。

大学時代の友人が久しぶりに帰ってくるってことで飲みに行ったり、地元の友人のトラブルに巻き込まれたり、知り合いの方の銀婚式パーティにお呼ばれしたり、JACOメンバーで集まったり…

ええ、仕事全くしてません。遊びほうけていました。こんなとこでカミングアウトするのも何ですが、今年のゴールデンウィークは最初から最後までプライベートな時間に費やしました。何だったら実家にも帰れば良かったな、とか思いつつ。

でもゴールデンウィークに限ったことではないのですが、休日はそうやって思いっきり遊んだり、自分自身のごくプライベートな時間に使うことって結構大事なことなんじゃないかなぁと思います。

もちろん休日にこそ向上心を持って知識を蓄え、技術を磨くことも大事ですし、やむを得ず仕事しないと行けない休日もあります。ですが、ただただ仕事に追われるような休日は無味乾燥だと感じます。

とにもかくにも仕事をするのは良くても、仕事に追われるのは嫌です。休日のうまい過ごし方をもっと模索していかないとな、なんて思います。

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写真って残酷だ

プリザーブドフラワー

写真は人の目がその場では捉えきれないものを写す。時にそれは写さなくてもいいもの。写して欲しくないもの。それが良さでもあり残酷なところでもあると思う。

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