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ひとに寄り添うデザインの追求

徹夜を誇るなかれ

最近は昼夜が逆転した生活を送ってしまっています。体に良くありません。たまにこのブログを読んでくれている友人から、記事の投稿時間を見て「いつ寝てんの?大丈夫なの?」なんて心配されたりもします。

大丈夫。寝る時間が遅いだけで睡眠時間自体は多分多くの人とあんまり変わらないから。心配かけてごめんなさい。

でも、本当、こういう生活してたらいかんなぁ。時間が無限にあるかのように、昼も夜も関係なしに作業ばっかしてないで、もっと有意義な時間の使い方をせんと、と思います。

そんなこんな(どんなこんな?)で、今日は作業と時間に関係する話でもしてみようと思います。

友人のブログを読んでいて知った言葉なんですが、この世には「デスマーチ」なる恐ろしい言葉があるそうです。

この言葉の本来の意味は「1944年-5年の冬にナチス・ドイツによって行われた囚人の強制移動に対して歴史家が名付けたもの」らしいんですが、どういうわけかソフトウェア産業界の「通常の労働では遂行不可能だと思われる過酷なプロジェクト」のことを指す言葉として用いられているそうです。

wikiでは以下のような説明書も見られます。

デスマーチの状態は簡単には解消しないため、長時間残業が常用化することによってデスマーチを当たり前のように感じ、そのためデスマーチを肯定する思考回路が出来上がって一向にデスマーチがなくなる努力をしない負の循環が生まれる。 またこの状況下に陥ると、あたかも奴隷が自分の足かせの重りを自慢するかのように過酷な残業を自慢する傾向が見られる。

この心理とってもよくわかります。その状況を肯定しなきゃやってられないような心境なんですよね。

中村は命の危険を感じる程の過酷な労働(残業)を経験したことはありませんが、大学時代あまりに徹夜が続いたため、段々と「寝る間も惜しんで制作に勤しむなんて俺って立派だよなぁ」なんて、自分を肯定する気持ちが生まれたものです。

そうなると、制作物が多少気に喰わなくても「こんなに頑張っているんだからもう良いじゃないか」って考えてしまうんです。

これってとっても怖いですよね。心と体にムチ打って命を削っている点もさることながら、制作物の良し悪しには注意を払わず、自分が頑張っていることの単なる確認作業に終わってしまっているわけですから。

いくらプロセスが大事と言っても、結果がともなわないことには真に評価されないビジネスの世界…そんなことではやっていけません。

とは言っても、デスマーチは本人達が好きで引き起こしたものではなく、外部的な要因によるところが大きく、避けれるものなら誰だって避けたいことだと思いますが…ソフトウェア業界に限らず、どの分野で働く人だって過重労働は嫌でしょう。

昔はよく長時間働く(ける)ことが素晴らしいことのように感じていましたが、今ではそれよりもむしろ、いかに働く時間を自身で管理・調整(あるいは短縮)し、それでいて質の高いデザインを生み出せるかが大事だし素晴らしいことだと感じるようになりました。

現実はそう甘くないので、時には抜き差しならない状況もやってきますし、メンバーそれぞれの力量もまだまだそのレベルにまで達していません。でもやろうとするのとしないでは大きく違います。

単に働く時間を短くしようとは思いません。ただ働いた時間や土日営業、残業や徹夜を言い訳や誇りにしたくありません。デザインで、その中身でこそ勝負できるデザインチームになりたのです。

3 Comments

  1. maruhei

    「苦労しているから報われると思うな」とイチローが言っていましたが、至極名言だと思う。
     もちろん、苦労は大事なんだけど、苦労のための苦労になってはいけないよね。努力しても報われないかもしれないという現実を受け入れて、それでも、努力するというのが、もっとも理想的かな。なかなか、実行するのは難しいけどね。

    Posted 2008-02-14 at 17:01 | Permalink
  2. デザイン担当 中村

    ビジネスでも教育でも何でも良いんですが、「結果ばかりでなく、プロセスがもっと評価されるべき」という意見が世の中にはあります。

    それはその通りなんですが、こういった考え方が世に受け入れられるようになると、どういう分けかプロセスが目的になってしまう本末転倒な事態に陥ることもしばしば起こったりします。

    真に結果を求めるからこそ、そのプロセスも意義深いものになるわけで、プロセスを目的にしていては結果はついこない。

    何か言葉遊びみたいですが。手段と目的は別物って話ですね。

    Posted 2008-02-14 at 18:05 | Permalink
  3. maruhei

    >>真に結果を求めるからこそ、そのプロセスも意義深いものになるわけで、プロセスを目的にしていては結果はついこない。

    そのとおりだと思う。

    イチローの言葉は、努力する人は、自分が努力していると思えば思うほど、自己陶酔して、結果から逃げようとするから、「結果がすべてである」ととりあえず、自分に言い聞かすことで、努力のための努力にしないようにするための言葉だと思う。

    プロセスへに自己陶酔してしまうと、最後のところで、少し甘くなるなんて事がよくあるし、最悪の場合は、完全に結果から逃げてしまうことがある。

    自分の努力に対する評価は、他人がするものか、少なくとも、結果が出た後に行うものであると思う。

    イチローの言葉は、努力のできる自分に厳しい人間に対する、より厳しい言葉なんじゃないかなー。

    Posted 2008-02-15 at 10:11 | Permalink

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