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ひとに寄り添うデザインの追求

どうせなるなら良い手本になろう

中村は昼夜を問わず気分転換によくコンビニに行きます。その途中には小学校があって、お昼~夕方くらいだと校庭で遊ぶ生徒や学校帰りの生徒を目にします。鞄持ちをやっているのかやらされているのか、そういう光景を目にして「あ~自分もあんなことやってたなー」と懐かしくなります。

それと同じくらい昼間目にするのが、車の中で眠る大人の姿です。大概が営業職の方でしょう。休憩中なのかサボりなのかはしりませんが、いつも車の横を通り過ぎる時に「色んな意味で大変そうだなぁ」と思います。

で、今日もお昼にコンビニに行ったんですが、そういう車が小学校の校舎の前に停まってるんですね。しかも4~5台が列になって。小学校の前だけではありません。その道路は眠るのに適しているのか、歩道脇に沢山の車が停まっています。

その時ふと思いました。これって悪い見本だよなって。子供達がどこまで理解しているかとか、車の中で眠っている人がサボっているのか本当の休憩なのか、はたまた体調が悪いのかは分かりません。だけどあまり良い光景でないことは確かです。

中村は別にサボってても良いと思うんです。会社としては当然そんなこと許してないだろうけど、どこかでちょっと息抜きしたり、ノルマなんかに余裕があるなら空いた時間を睡眠に使っても良いと思います。向上心に欠けるという点を除けば…ですが。

ただサボる場所は考えて欲しいなと思うのです。変な論理かも知れませんが、どうせサボるなら誰にも見られないようなところでサボったらいいのにな、と思うのです。

実際にはそれを見た小学生にどこまで悪影響を及ぼすかなんて知りません。意外と子供達は何とも思ってないかも知れません。でも問題はそう言うことではなくて、あまり褒められたものではない姿を平気で子供達の目の前に晒してしまう羞恥心の無さ、配慮のなさがその人を貶めていると思うのです。

誰かに見られるということを過剰に意識する必要はないですが、そういう感覚はいついかなる時も適度に持っていないとダメだと思うんです。自分を知っている人がいないからって、どんなことしても良いって分けありませんものね。

潔癖が過ぎる気もしますが、こういうちょっとした配慮が自分を磨く上でも大切なんじゃないかなって思うのです。

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